読み書き

本を読んで、血となり肉となるようなことがありました。ものを書いて、いろんな人との出逢いがありました。

お帰りなさい、キルケゴール

(9)三つ目のところ

ところでセーレン、きみと同時代に、ニーチェという思想家がいた。きみと、とてもよく似た感性と考え方の持ち主だった。ただ、彼の思想は、ナチ・ドイツの兵士たちの意気昂揚のために使われてしまった。 ワーグナーも、人をその気にさせる音楽だったし、ニー…

(8)水平化

「コルサル」という週刊新聞があったね。有名人、著名人をコキおろし、「実は彼らも、われわれと同じ人間なのだ」ということを云い、民衆がソウダ、ソウダとにんまりすることを当て込んで、結構読まれていたという新聞。ポンチ絵もあれば、やたら小難しい論…

(7)天才と凡人

ねえきみ、天才って何だろうね? 思うに、きみを見ていると特にそう思うのだが… 自己の世界に拠を置いて、そこから自分を構築し、不可視な内から可視なる外への体現作業をひとり黙々と繰り返し続けた人間── と言っていいかと思う。ましてきみは、人間が一番…

(6)大地震

きみがヴィクトル・エレミタの筆名で刊行した「あれか、これか」には、「人生のフラグメント」と副題がついている。人生の断片。 そのページをめくれば、 〈 ひとり理性だけが洗礼を受けて 情熱は異教徒なのか? 〉 エドワード・ヤングの「夜の思い」からの…

(5)糊口

「実存は、最も危険な生き方だ」と識者は言う。それは、人間の自由の冒険であらざるをえないからだ、と。 ざるをえないということ。まわりによって、そうあらざるをえないのではなく、自分自身によって、そうあらざるをえないということ。 きみは、それを主…

(4)実存するということ

「私に欠けているのは、私は何をすべきか、ということについて私自身に決心がつかないでいることなのだ。 それは私が何を認識すべきかということではない。私の使命を理解することが問題なのだ。 神(自分の内部に在る自己自身)は本当に私に何を為すことを…

(3)レギーネ ②

誰の理解も得られない婚約破棄の後も、きみはレギーネのことを一心に思っていたね。 ひょっとしたら、きみはレギーネを愛するために、結婚をしなかったんじゃないか? 文学史上稀に見る、きみの遺した膨大な日記。そして溢れる文字量の著作。その作品文中に…

(2)レギーネ ①

三年前、きみは熱烈な恋をしていたね。きみは一方的に熱を上げ、その熱を技巧をもって冷ますように、たくさん彼女に手紙を書いて。既に婚約者もいた彼女の心を、きみはそうして射抜いてしまった。 婚約指輪も交わし、あとは婚礼を待つだけだった。それなのに…

(1)自由を求めて

1843年、デンマーク、コペンハーゲン郊外の借家。 彼が、玄関からばたばたと入って来て言う、「人間はまことに不合理だ。彼らは自分の持っている自由は少しも行使しないで、自分の持っていない自由を要求する。彼らは思索の自由を持っているのだが、言論と執…