読み書き

本を読んで、血となり肉となるようなことがありました。ものを書いて、いろんな人との出逢いがありました。

2024-09-01から1ヶ月間の記事一覧

「待つ」

椎名麟三の短編に「福寿荘」というのがある。 福寿荘(アパート)に住むひとりの老婆の日常。ただ、老婆はことあるごとに、「直次が帰ってくれば」「直次が帰ってくれば」と思う。願い、のようでもある。 その直次は、生きているのか死んでいるのか分からな…

「二十歳の原点」

ほんとに久しぶりに読んだ。 最後の詩は、美しいと思った。図らずも、泣いてしまった。寝床で読み終えて、余韻の興奮にうまく眠れず、やはり高野さんが死んでしまったことが悔しく、哀しく、怒りが込み上げてきた。悔しさは、何に対してか? 怒りは、何に向…

「個人的な体験」(2)

頭部に異常な瘤をもって生まれてきた赤んぼうの死を望み、女友達の部屋に入り浸り、セックスとアルコールとアフリカへの夢を抱いて数週間を過ごした主人公の話。 ああ、きっと主人公は最終的に、この赤んぼうを殺すことをやめ、引き受けて生きていくんだろう…

「個人的な体験」

大江自身の体験なのかどうか、知らない。 ただ、「脳ヘルニア」の赤んぼうが生まれ、親たる主人公はこの子の死を覚悟する。 覚悟は、絶対的な、そうあるべきものとして、主人公の中で根を張った。 だが、赤んぼうは生きながらえる。 主人公は、自分の覚悟に…

「空の怪物アグイー」

その音楽家には、アグイーが見えていた。 アグイーは、ふいに空から舞い降りて、音楽家の横に立つ。 カンガルーほどの大きさで、木綿の肌着を身につけた、太った赤ん坊。 音楽家には、その妻の産んだ赤ん坊がいた。だが、頭に大きな瘤があった。 医者の誤診…

セリーヌ途中…

セリーヌの言いたかったことは本当らしい。言っているが、すでに。 古代から現代まで、ユダヤ人への嫌悪を表わした、名の知れた人々の証文さえ列記して。タキトゥス、セネカ、ルター、ヴォルテール、フランクリン… 下院議員、上院議員、銀行家、新聞社… 国家…

セリーヌの反ユダヤ主義

おそらくセリーヌは、ユダヤ人、、、、がヨーロッパを、アメリカを… 支配していくことに、恐るべき危惧を本能的に、作家としての嗅覚として察知したのではないか。 セリーヌがユダヤ人と書く時、必ずユダヤ人、、、、とルビが振ってある。 おそらく、全ての…

セリーヌの戦争

「夜の果ての旅」二度読み中。 この人は自分の戦争体験、志願して兵士となり、のちに完全な反戦主義者となる── 兵隊生活中の体験を全く内部から、その活動、生活ぶりを描いている… 残酷なのにユーモラス、笑ってしまう箇所多々あり。 この人が「真理は死しか…

「人間の敵」

セリーヌは「人間の敵」とまでいわれた作家だった。 しかし、野蛮で残酷で、戦争を好むのが変わらぬ人間の本性であるとするならば、「人間の敵」、これはなんと名誉な称号だろう!

ソクラテスさん

あなたは、よくやった。よく、考えた。 ということを、2500年くらいですか、あなたが生きていた頃から数えて、ぼくは知ったつもりでいたりします。 プラトンさんのことは知りません。 ソクラテスさんのことも、実はあまり知らないのですが、今、それっぽい本…

漱石の目線

もう一度、漱石…「行人」が心に残っている。「猫」も面白かった。漱石を新潮文庫でほとんど読んで、しかし絶えず気になったのは、その言葉の一句一句から「無常」といったものを、その字句の向こう側に、常に感じられたことだった。 虚空を見つめる、とでも…

ブッダのこと

私が最も好きなマンガに、手塚治虫の「ブッダ」がある。その何巻かの1ページに、「あの人のことを思うと、何か心が落ち着いて、大らかな気持ちになるんだよなあ」といったニュアンスを言う1コマがある。 これは、私のブッダへのイメージと一致するので、この…

「狂う」ということ

最後にもう1つ、山川さんの短編を。「ゲバチの花」という小説。 前記のショートショートでは、かいつまんだら5、6行で終わってしまいそうで、引用することになったが、これは頭の中を辿れば書けると思う。それだけ、何回も読み返した小説だ。そして読み返す…

「夫婦の仲」

たった三ページで終わるショートショート。字数にすれば、2000字もない。 でもこの山川さんの作品、問答無用に愉しい。 ストーリーをかいつまんで紹介すれば… 六本木のおシャレなバーで二人は出逢った。 モダン・ジャズの話をし、彼は トウモロコシ製の I・W…

山川さん

「せっかく、米ソ二大国間で核実験の部分停止条約が成立したというのに、今夏の広島、長崎両市での原水爆禁止大会は、見ぐるしいありさまのままで終わった」 から始まる、山川方夫が新聞に書いていたコラムを全集で読む。 コラムだから、短い。が、やはり山…

山川方夫の世界

作家の柳美里は、けっして幸せといえない子ども時代を送っていた、と何かの記事で見たことがある。その彼女が、唯一やすらげた場所が、本の世界だった、と。 いわば現実逃避としての読書。 そういう本との対し方を、このごろ僕もしている。「三田文学」(慶…

セリーヌの怒り

「戦争と病気という、この二つの果てしない悪夢を除いて、僕たちの心底の気質の真実の現われがほかにありえるかどうか、僕は疑問に思わざるをえないのだ。」「生活をくたびれさすもの、要するにそれは、二十年、四十年、いやそれ以上も分別を保ちつづけよう…

椎名麟三のこと

この怪物のような名前の作家の、作品は重い。 軽めのものとしては、「美しい女」(これは、文部大臣賞をとった作品。椎名さんにとって、意外な場所から入った光だったろう)。エッセイでは「母の像」「猫背の散歩」、ぎりぎりのところで「凡愚伝」。いずれも…

ロビタの苦悩

手塚治虫の「火の鳥」、望郷篇だったか、に登場する「ロビタ」というロボット。 このロボットは、人間の脳、記憶、魂とでもいうべきものを受け継いでいて、98%はロボットなのだが、残りの2%は人間なのだ。 ヒト型で高性能なロボットが多く人間に仕える世界…

「行人」の兄さん

漱石に「行人」という小説がある。心に残るのは、その主人公のお兄さん。 自分が今、あのお兄さんと同じような情況だから(もちろん心的に)、残るというより「いる」、自分自身があのお兄さんに投影されている。 漱石の描く世界。「吾輩…」の猫の最期は何度…

ニーチェは狂っていない

「ツァラトゥストラ」を書くために生まれたニーチェは、町なかの路上で仰向けに倒れているところを通行人に発見され、以来彼は廃人同様の生活を送ったといわれる。 廃人、または「影のように生きた」発狂後の彼の日常、生態がどんなものであったのか、わたし…

セリーヌの本懐

「医者として平穏に暮らしたかった」「書かなきゃよかったと本当に後悔している」 晩年か、セリーヌはそんなことを言っていたようだが、それは彼の一面にすぎないだろう。 ただの町医者で、穏やかな人生。何も書かず、朝昼晩、白衣を着て椅子に座り、一日一…

ギリシャの神々

山室静の「ギリシャ神話」。 プロメテウスは、人間が大好きな神だった。人間に言葉を教え、ものを書いたり読んだりすることを教えた。家や道具をつくること、牛の乳をしぼれば飲めること、タネをまけば実が成って、食べれることも教えた。 原初の人間は、何…

「風邪の効用」

野口 晴哉(はるちか)の「風邪の効用」(ちくま文庫)。 この野口さんという人は、数少ない「本物」だと思う。整体の祖のような人で、子どもの頃から、かなり常人でない人であったと聞く。 ぼくはしょっちゅう風邪をひき、その度に葛根湯、偏頭痛の時はロキ…

日本の文豪と「人類の敵」と呼ばれた作家

セリーヌの反骨精神… というより「戦争はなくなるんだ」という強い意志の訴えとでもいうものか、文章でそれは表現されていないが読むこちらが感じ取るもの。 長い文章だからそれだけこちらにふかく浸み込んでくるようなもの。血となり、肉となる如きもの。読…

「寄生獣」で心に来た場面

「面白いよ」と友人から薦められて読んだマンガ。面白かった。 どこからともなく地上に生まれたその生物は、人間の身体に寄生しないことには生きてゆけない。ミミズのような、ヘビのようなその生物は、ヒトの耳や鼻から侵入したり、胸や喉を突き破って入って…

「火の鳥」

「火の鳥」をようやっと読み終える。漫画だけれど、へたな小説よりもよほど読み応えのある物語。漫画という域より、「手塚治虫」そのものが、巨大な本として存在し続けている様相。 この人がこの漫画で訴えたかったのは、「なぜ人は常に争っているのか」の一…

「吾輩」君の最期

苦沙弥先生曰く、「死ぬことは苦しい。しかし死ぬことができなければ、なお苦しい。神経衰弱の国民には、生きていることが、死よりも甚だしき苦痛である。したがって死を苦にする。死ぬのがいやだから苦にするのではない。どうして死ぬのが一番よかろう、と…

カフカの「変身」

中学の頃、兄の本棚にあった文庫本。 友達と何となく手に取って、「朝起きると、グレーゴル・ザムザは一匹のいも虫になっていた」というところから、面白いねえとふたりで読んだが、数ページで文章がややこしく感じられ、手放した本。あれから30年近く過ぎ、…

モンテーニュの肖像画

ひとりよがりな世界観、厭世観めいたものに捕われて、では自分は何をする?といった焦り・切羽詰まりに陥った時、「帽子を被ったモンテーニュ」の肖像画にホッとする。 中公クラシックス「エセー」の表紙裏にある、小さな写真のような肖像画。どこか冷淡で、…